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日記・コラム・つぶやき

2008年5月24日 (土)

携帯電話を変えました。

今日、9ヶ月間付き合ったプライベートの携帯電話を機種変更しました。

余りにも使い勝手が悪いことが最大の要因でした。

我慢し続けて使っていたのですが、たまたま立ち寄った大型ショッピングセンターの携帯電話コーナーで格安機種を見つけたのです。

本来、携帯電話にこだわりはもっていないので、何でもいいのですが、使い勝手が悪いのは辛いよね。

僕にとっては使い辛い携帯電話でしたが、きっと、義理の弟のように気に入っている人もいらっしゃるかと思うので、あえて機種名は記しません。

新機種はDoCoMoの1年落ちのFOMA SH704i。

私にとって、初のワンセグ対応機となるのですが、機能以上に使い勝手が良いといいなぁ。

今度は長く付き合えることを願っています。

2008年3月12日 (水)

ペーパードリップでESPRESSOを楽しむ

Caronmyg 僕はコーヒーが好きだ。
家に居て、暇を持て余すとキッチンでコーヒーを淹れている。
だから、この前の休みの日には、シンクの片隅にペーパーフィルターの山が容易にできてしまった。

先日、スーパーマーケットで「LAVAZZA」というイタリアのメーカーのコーヒーを買ってきた。
ここ最近のお気に入りはKALDIの「Mocha French」というコーヒーだが、「LAVAZZA」の包装に書かれていた「ペーパードリップで気軽に楽しめます」というコピーに魅かれて買ってみた。

極細挽きのコーヒーはまるで、ココアパウダーのようだ、と感じた。
僕はもう少し、荒く挽いているコーヒーを好む。

そして、味は期待に反して、まろやかだ。
もう少しパンチの効いた、苦味とコクがあってほしかったのだが、何せペーパーフィルターで楽しむESPRESSOなのだから。

家からほど近い国道1号線沿いの雑貨屋さんで購入した、イタリア製の密閉容器に開封後のコーヒーを全て移し変えた。

これから、冷蔵庫のフリーザーで「LAVAZZA」は出番を待つことになる。

朝、これから始まる一杯目のコーヒーとして、僕はしばらく「LAVAZZA」を楽しむだろう。

2008年3月 2日 (日)

「彼らと愉快に過ごす」

今から20年以上も前に片岡義男の小説を読み漁っていた時期があった。
お陰で当時の僕の本棚は、角川文庫の赤い背表紙でいっぱいだった。
赤い背表紙以外で、僕のお気に入りだった片岡義男の本がこの「彼らと愉快に過ごす」だ。
片岡義男が選んだ「物」を撮影し、そしてそれらについて、片岡義男が短いストーリーで紹介する。
まるで、洒落たカタログを楽しんでいるような内容だった。

先日、ようやくamazon.comで見つけ、僕の手元に届いた。

出版は「1988年1月20日第二刷発行」と記されている。
今から既に20年も前の「物」だ。
それなのに、決して古さを感じさせない。今でも十分に通用する極めて実用的な「物」が紹介されている。
既に廃盤になっている「物」もあれば、まだ手に入れることの出来る「物」もある。

「さぁ、これからいくつ手に入れることができるのだろうか?」
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2008年2月10日 (日)

ほっかぺ

 「ほっかぺ」。

 これだけで何を意味するか、わかる人はいるまい。

 我家では「ホットカーペット」のことをこう呼ぶ。家内が名付け親だ。

 愛情を込めると同時に、ちょっとだけ憎たらしさがこもっている。

 金曜日に静岡から岐阜に戻り、そして昨夜も僕は布団で寝ることなく、この「ほっかぺ」で朝を迎えた。

 今朝はおまけに寝違え付だ!

 温かに私たちを包んでくれるが、この温かさが仇になる。

 今日は布団で眠りたいと思いながらも、これからの成り行き次第で「ほっかぺ」の餌食になってしまうのかもしれない。

 今夜は、家内が「ほっかぺ」の餌食になってしまったようだ。

2008年1月21日 (月)

BOSE AMS-1Ⅳ

昨年の3月、東京では桜が満開だったあの日、僕は南青山で片岡義男氏のトークイベントに参加していた。

片岡義男という、学生時代に好きだった小説家に会えたことが何よりの思い出だが、この日、僕はもうひとつのささやかな出会いを体験していた。

BOSE AMS-1Ⅳ・・・この片岡氏のトークイベントで初めて知った、BOSEのシステム名だ。大変小さなスピーカーだったが、その大きさを容易に欺く、音色。

以外だった。そして、片岡氏が「M101はBOSEのベストセラーのスピーカーですが、これもなかなかいいですね!」と、このAMS-1Ⅳを評した。

そして、それから僕は恋焦がれた。なんとかしてBOSEが欲しかった。

途中で、夢は覚めてしまった時期もあったけど、昨日、ようやく購入することができた。

「音」にこれだけのお金を賭けてみるのは、初めてだけど、きっと後悔はしないだろう。

1月22日に入荷が決まっている。

その晩、僕はいつもより仕事を早くに切り上げ、まずは、伊藤君子をCDトレイに収めるのだろう。Main_ams1_iv_02

2008年1月 5日 (土)

1年の計は元旦にあり?!

 COUPE FIAT・・・10年以上昔、まだこの車の新車がある時に、会社の近くにディーラーがありまして、昼食を食べに行くときに横目で見ていました。鮮やかなイエローの流れるようなボディラインと斬新なデザイン。
 でも、その時は単なる憧れ。

 今もまだ憧れの途中ですが、中古車相場もかなりこなれてきていますし、決して手の届かないものではないなぁ。と。最近思い始めました。

 私の営業車はT車の大型セダンで、静岡に単身赴任してからは街乗りオンリーとなり燃費の急落(10km/ℓ→5km/ℓ)と、ガソリンの高騰(168円/ℓ!)で、かなりまいっています。
 それに単身赴任の地で使うのですから、自分一人とある程度の荷物が載せることができ、気持ちよく移動できれば、それでいいのですからね。
 幸い、会社が認める営業車は(ある程度)なんでもいいので、ヤフオクを見ていてムラムラきたのが、COUPE FIAT。

 久々、ミッション車を味わってみたいし、乗っていて楽しそう。でも、ちょっとメンテナンス費など維持費にお金が掛かるかな?

 他には、独特な乗り味(サスペンション機構)で、直線的なデザインのシトロエンのBXもいいなぁと思うのですが。

 いずれも、最新技術を投入した新車ではなくて、90年代の車というところが面白い。
 私のオートバイも92年式ですが、決して「新しい」=「欲しい」ではないんですね。

 大型セダンの車検が今年の12月ですので、1年がかりでゆっくりと考えるとしましょうか!

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2008年1月 1日 (火)

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

先程、近所の氏神さまにお参りに行ってきたばかりです。
甘酒の香りがまだ口の中に残っています。

例年は鹿児島の実家で年越ししていますが、今年は岐阜で家族と新しい年を迎えました。
岐阜の自宅で迎えるのは、三男が生まれた年以来だから、ちょうど、6年ぶり。

夕食を済ませ、息子と野球盤で真剣勝負をして、いつもより早めの入浴。
紅白歌合戦やいくつかのTVチャンネルを楽しみ、年越し蕎麦を頂いた。

その後、長男のリクエストで、家族揃って初詣に出掛けてきたのです。

単身赴任なんて夢にも思っていなかった、一年前。
来年は何を思い起こして新しい年を迎えるのだろうか?

どうぞ、本年もよろしくお願いいたします。

2007年10月19日 (金)

週末の夜、東へ。

仕事を終え、自宅に戻る。

ドアを開け、いつものようにリビングへと廊下を歩く。
今夜はいつもと違う。いまから出掛けなければならない。
お気に入りのソファに深々と腰を降ろしたい衝動に駆られるが、それをなんとか自制した。

わずか、15分の間にカバンに2泊分の出張の用意を詰め込み、ジャケットを納めたガーメントバッグと、二つの荷物を抱えて、15分前に開けた自宅のドアを閉め、鍵を掛ける。

外は雨が降っていた。傘をさして、駅まで急ぐ。

今夜は東に向かう新幹線に乗車し、東京駅で乗り換え、そこから30分程のところにある、地方都市が目的地だ。
海辺にある50階建てのホテルには、既に予約が入れてある。

新幹線を東京駅で降りてから、長い連絡通路を通り、電車を乗り換えた。
週末の22時代の車内は帰宅途中の人たちで込み合っている。
表情は疲れてきっている。きっと、僕の顔も同じように写っているのだろう。

ずっと屋内を歩いていたので、気にも留めなかったが、電車の窓の外は明らかに雨模様だ。静岡よりも雨脚は激しそうだ。

ホテルまでの道程をタクシーにしようか、のんびり歩こうか。

地方都市の駅に向かう電車の中で、僕は考えていた。

2007年10月14日 (日)

小さなお客様。

土曜日に、静岡の単身赴任先にお客様がおみえになった。

お客様は、8歳の僕の次男だった。
名古屋での会議の後に、名古屋駅で息子と合流して、新幹線で静岡へ。
窓側の座席で、大好きな新幹線を堪能する後姿は、飛行機の窓から下界をのぞきこんでいる僕の後ろ姿に似ている。

静岡では、まず、駅からまっすぐ僕の仕事場に向かった。
そして、僕の仕事が終わるのを待つ間、仕事場に西に開かれている窓から新幹線を眺めていた。
僕は小一時間ほど、書類の整理やE-Mailの確認を行い、その後、OFFになった。

ここから、僕は完全に彼の父親になる。
僕と彼は、駅前に止めておいたセダンで買い物に出掛けた。
彼が今夜寝るために必要なブランケットをショッピングセンターで購入し、彼の「海が見たい」という、リクエストを叶える為に、清水に向かう海岸線をドライブ。
そのまま清水を通り過ぎ、富士市にある、丸天という海鮮料理の店に向かった。
夕方の国道1号線は渋滞もなく、心地の良い流れの中、あっという間に着いてしまった。
まだ夕食には早い時間なのに、店内は活気がある。
通路に背を向けて、彼と差し向かいで料理を選んで、ふと振り返ると店内は人がいっぱいだった。

彼は、店の名物となっている、大きな円柱状の「かき揚」と、大好きな「中トロ握り」を頼み、僕はマグロ丼を注文した。二人で会話を楽しみ、満腹になったことを喜んだ。

そして、僕の部屋に戻った。

彼がこの部屋に来たのは、2度目だった。
1度目は僕のの単身赴任が決まり、家探しに来たときに寄ったのだった。
まだ何も置かれていないただの空間であったが、南の窓から新幹線が望め、北側の玄関からは富士山が見えることを覚えていた。

彼は新幹線が近づくと、毎回カーテンを開け、新幹線を見ていた。
そして、「今のは700系だった」とか、「今度は300系だった。」などと、僕に報告してくれた。
普段、会話が成立するはずもない、僕の部屋での会話は、いつもの空間を全くの別世界に変えてくれる。

そして、7月に住み始めてから、初めてバスタブに湯を張り、一緒に風呂に入った。
シャワーを浴びながら見下ろしていた以上に、ゆったりとしたバスタブであることを僕は初めて知った。

風呂上りは、彼の好きなテレビ番組を一緒に楽しんだ。

しばらくすると、「もう、眠るよ!」と言って、ベットに向かい、買ったばかりのブランケットに潜り込んだ。
あっという間に彼は、寝息を立てていた。
きっと、気疲れしていたのだろう。

彼が寝入ったのを確認したら、僕はいつものように、一人になった。

そして、いつものようにコーヒーを楽しんだ。ベッドで眠る彼の寝顔を眺めながら。

2007年9月12日 (水)

レイコさんと礼子さん

Img_0162 先日、静岡県にある朝霧高原に居をかまえる、山村レイコさんに会いに行ってきた。

片岡義男という小説家をこよなく愛する仲間と共に訪れた、Cafe Fairly Tale 。

何度も道に迷い、辿り着いたCafeは、レイコさんの部屋そのものでした。

「勝手にくつろいでいって!」と言わんばかりのセルフサービス。

当の本人は、目の前に富士山を仰ぐ自然の中で、自然体に過ごしている。

会えて、良かった。

レイコさんを初めて知ったのは、彼女の小説だった。そして、その後、片岡義男氏の小説の挿絵(写真)のモデルで、初めて見つけた。

僕の好きなタイプの女性だった。そして、現在もそうだと確信した。

3時間もの時間を、先に話した片岡義男氏を愛する仲間とレイコさんを交えて、オートバイ談義やら小説談義、そしてレイコさんの話に夢中になった。
彼女の話は飽きることがなかった。パリ・ダカールラリーをオートバイで走った話や、朝霧高原での生活の様子、などなど。

その時間の中で、「レイコさんが、お宝を見せてあげる!」と、言って、2冊の革のアルバムを探し出してくれた。

レイコさんが、25歳の礼子さんだった時に、片岡義男氏が撮影したポートレートのアルバムだった。

京都で撮影したという写真の中には、アロハシャツを着た礼子さんが微笑んでいたり、間接照明の中の大人の女性に差し掛かる、微妙な礼子さんもいた。

片岡氏らしい、独特な視点による写真の構図も楽しめたし、20数年の時を越えた、本人が目の前にいるということも楽しかった。

これから諏訪まで走り、ビーナスラインまで行くという仲間の出発の時間が迫っていた。

最後に、僕はレイコさんに一つだけお願いをした。

僕が好きな片岡氏が撮った礼子さんのポートレートを、現在のレイコさんに抱いてもらって、僕に写真を撮らせてほしいと、お願いしたのだった。

レイコさんの胸の中で礼子さんが、元気に笑っている。

そうだ!時々、レイコさんに会いに行こう。